「百人一首」

 
    
 
 
「小倉(おぐら)百人一首」ともいいます。          
”小倉”とは北九州の小倉(こくら)のことではなく、
京都の嵯峨の小倉山(おぐらやま)のことです♪      
 
1〜  11〜  21〜  31〜  41〜  51〜  61〜  71〜  81〜  91〜100
 
                                                  ↓ JUMP
 
 
作者は藤原定家(ふじわらのていか)。              
平安時代末期から鎌倉時代初期の頃の有名な歌人です。
天智天皇から定家の時代までの優れた歌人100人の  
短歌を選んだ、いわばその時代までの「ベスト短歌」が
この「百人一首」になったわけです。                
 
作成したのは西暦1235年頃(今から800年前)。
「文暦(ぶんりゃく)」とか「嘉禎(かてい)」の    
年号の頃です。  ご参考 → 年号(元号)一覧        

定家が、知り合いの人から、山荘の障子に貼る色紙の  
作成を依頼され、それでこの百人一首を編集して書いて
贈ったそうです。その山荘が小倉山にあったとのこと。
小倉山は渡月橋(とげつきょう)で有名な京都の嵐山の
近くにある山です。秋の紅葉がきれいらしいよ♪      
 
なお、正月に行われる「百人一首かるた」は、        
上の句(五・七・五)のかるたを読んで              
下の句(七・七)のかるたを先にぴゅっと取る、      
という遊びです。                                  
 
 

↑ 先頭へ 1.秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ 我が衣手は 露にぬれつつ (あきのたの かりほのいほの とまをあらみ わがころもでは つゆにぬれつつ) (天智天皇(てんじてんのう)(626〜671) 第38代天皇 = 中大兄皇子(なかのおおえのおうじ) 大化の改新) 「後撰集」 2.春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天の香具山 (はるすぎて なつきにけらし しろたへの ころもほすてふ あまのかぐやま) (持統天皇(じとうてんのう)(645〜702) 第41代天皇         = 天智天皇(bP)の第二皇女) 「新古今集」 3.あし引きの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む (あしびきの やまどりのおの しだりおの ながながしよを ひとりかもねむ) (柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ) 万葉集の歌人) 「拾遺集」 4.田子の浦に うち出でて見れば 白妙の 富士の高嶺に 雪はふりつつ (たごのうらに うちいでてみれば しろたへの ふじのたかねに ゆきはふりつつ) (山部赤人(やまべのあかひと) 万葉集の歌人) 「新古今集」 5.奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声きく時ぞ 秋はかなしき (おくやまに もみぢふみわけ なくしかの こえきくときぞ あきはかなしき) (猿丸大夫(さるまるだゆう) 謎の人物) 「古今集」 6.かささぎの わたせる橋に 置く霜の 白きを見れば 夜ぞ更けにける (かささぎの わたせるはしに おくしもの しろきをみれば よぞふけにける) (中納言家持(ちゅうなごんやかもち)(718〜785) = 大伴家持(おおとものやかもち) = 大伴旅人の長男) 「新古今集」 7.天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも (あまのはら ふりさけみれば かすがなる みかさのやまに いでしつきかも) (安倍仲麿(あべのなかまろ)(701〜770) 遣唐使) 「古今集」 8.わが庵は 都の辰巳 しかぞ住む 世をうぢ山と 人はいふなり (わがいほは みやこのたつみ しかぞすむ よをうぢやまと ひとはいふなり) (喜撰法師(きせんほうし) 宇治の仙人) 「古今集」 9.の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に (はなのいろは うつりにけりな いたづらに わがみよにふる ながめせしまに) (小野小町(おののこまち) 平安の美女) 「古今集」 10.これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関         (これやこの ゆくもかえるも わかれては しるもしらぬも あふさかのせき) (蝉丸(せみまる) 琵琶の名手) 「後撰集」
↑ 先頭へ 11.わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海女の釣舟        (わたのはら やそしまかけて こぎいでぬと ひとにはつげよ あまのつりぶね) (参議篁(さんぎたかむら)(802〜852) 隠岐島へ) 「古今集」 12.天つ風 雲の通ひ路 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとどめむ (あまつかぜ くものかよひぢ ふきとぢよ をとめのすがた しばしとどめむ) (僧正遍照(そうじょうへんじょう)(816〜890) = 垣武天皇の孫) 「古今集」 13.筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる (つくばねの みねよりおつる みなのがわ こひぞつもりて ふちとなりぬる) (陽成院(ようぜいいん)(868〜949) 第57代天皇) 「後撰集」 14.陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに (みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに) (河原左大臣(かわらのさだいじん)(822〜895) = 源融(みなもとのとおる)) 「古今集」 15.君がため 春の野に出でて 若菜つむ 我が衣手に 雪は降りつつ (きみがため はるののにいでて わかなつむ わがころもでに ゆきはふりつつ) (光孝天皇(こうこうてんのう)(830〜887) 第58代天皇) 「古今集」 16.立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む (たちわかれ いなばのやまの みねにおふる まつとしきかば いまかえりこむ) (中納言行平(ちゅうなごんゆきひら)(818〜893) 須磨流し)「古今集」 17.ちはやぶる 神代も聞かず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは (ちはやぶる かみよもきかず たつたがは からくれなゐに みずくくるとは) (在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)(825〜880) 平安の美男子、伊勢物語のモデル) 「古今集」 18.住の江の 岸に寄る波 よるさへや 夢の通ひ路 人目よくらむ (すみのえの きしによるなみ よるさへや ゆめのかよひぢ ひとめよくらむ) (藤原敏行朝臣(ふじわらのとしゆきあそん)( 〜901)能書家)「古今集」 19.難波潟 短き蘆の ふしの間も 逢はでこのよを 過ぐしてよとや (なにはがた みじかきあしの ふしのまも あはでこのよを すぐしてよとや) (伊勢(いせ) = 藤原継陰の娘) 「新古今集」 20.わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ (わびぬれば いまはたおなじ なにはなる みをつくしても あはむとぞおもふ) (元良親王(もとよししんのう)(890〜943) = 陽成天皇(bP3)の第一皇子 = 光源氏のモデル?) 「後撰集」
↑ 先頭へ 21.今来むと いひしばかりに 長月の 有明の月を 待ち出でつるかな (いまこむと いひしばかりに ながつきの ありあけのつきを まちいでつるかな) (素性法師(そせいほうし) = 僧正遍照(bP2)の子) 「古今集」 22.吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ (ふくからに あきのくさきの しをるれば むべやまかぜを あらしといふらむ) (文屋康秀(ふんやのやすひで) = 小野小町(bX)と親交) 「古今集」 23.月見れば 千々に物こそ 悲しけれ わが身ひとつの 秋にはあらねど (つきみれば ちぢにものこそ かなしけれ わがみひとつの あきにはあらねど) (大江千里(おおえのちさと) 博学の儒者) 「古今集」 24.このたびは 幣も取りあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに (このたびは ぬさもとりあへず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに) (菅家(かんけ)(845〜903) = 菅原道真(すがわらのみちざね) 学問の神様 太宰府天満宮) 「古今集」 25.名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで くるよしもがな (なにしおはば あふさかやまの さねかづら ひとにしられで くるよしもがな) (三条右大臣(さんじょうのうだいじん)(873〜932) = 藤原定方(ふじわらのさだかた)) 「後撰集」 26.小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ (おぐらやま みねのもみぢば こころあらば いまひとたびの みゆきまたなむ) (貞信公(ていしんこう)(880〜949) = 藤原忠平(ふじわらのただひら) 「拾遺集」 27.みかの原 わきて流るる いづみ川 いつ見きとてか 恋しかるらむ (みかのはら わきてながるる いづみがは いつみきとてか こひしかるらむ) (中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ)(877〜933) = 藤原定方(bQ5)の、いとこ) 「新古今集」 28.山里は 冬ぞ寂しさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば (やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへば) (源宗干朝臣(みなもとのむねゆきあそん)( 〜939) = 光孝天皇(bP5)の孫) 「古今集」 29.心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花 (こころあてに おらばやおらむ はつしもの おきまどはせる しらぎくのはな) (凡河内躬恒(おおしこうちのみつね) 古今集の選者の一人)「古今集」 30.有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし (ありあけの つれなくみえし わかれより あかつきばかり うきものはなし) (壬生忠岑(みぶのただみね) 古今集の選者の一人) 「古今集」
↑ 先頭へ 31.朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪 (あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに よしののさとに ふれるしらゆき) (坂上是則(さかのうえのこれのり) 蹴鞠(けまり)の名手)「古今集」 32.山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり (やまがはに かぜのかけたる しがらみは ながれもあへぬ もみぢなりけり) (春道列樹(はるみちのつらき)( 〜920) ) 「古今集」 33.久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく の散るらむ (ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづこころなく はなのちるらむ) (紀友則(きのとものり)( 〜905頃) = 紀貫之(bR5)の、いとこ。古今集の選者の一人)「古今集」 34.誰をかも 知る人にせむ 高砂の も昔の 友ならなくに (たれをかも しるひとにせむ たかさごの まつもむかしの ともならなくに) (藤原興風(ふじわらのおきかぜ) 琴の名手) 「古今集」 35.人はいさ 心も知らず 古里は ぞ昔の 香ににほひける (ひとはいさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににほひける) (紀貫之(きのつらゆき)(868頃〜946) = 「土佐日記」の作者。古今集の選者の一人) 「古今集」 36.夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづくに 月宿るらむ (なつのよは まだよひながら あけぬるを くものいづくに つきやどるらむ) (清原深養父(きよはらのふかやぶ) = 「日本書記」編者の 舎人親王(とねりしんのう)の子孫) 「古今集」 37.白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける (しらつゆに かぜのふきしく あきののは つらぬきとめぬ たまぞちりける) (文屋朝康(ふんやのあさやす) = 文屋康秀(bQ2)の子) 「古今集」 38.忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな (わすらるる みをばおもはず ちかひてし ひとのいのちの おしくもあるかな) (右近(うこん) 女流歌人) 「拾遺集」 39.浅茅生の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき (あさぢふの をののしのはら しのぶれど あまりてなどか ひとのこひしき) (参議等(さんぎひとし)(880〜951) 源希(まれ)の次男) 「後撰集」 40.忍ぶれど 色に出でにけり 我が恋は 物や思ふと 人の問ふまで (しのぶれど いろにいでにけり わがこひは ものやおもふと ひとのとふまで) (平兼盛(たいらのかねもり)( 〜990) 村上天皇の歌合せ会での優勝者) 「拾遺集」
↑ 先頭へ 41.恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか (こひすてふ わがなはまだき たちにけり ひとしれずこそ おもひそめしか) (壬生忠見(みぶのただみ) = 壬生忠岑(bR0)の子 村上天皇の歌合せ会での準優勝者) 「拾遺集」 42.契りきな かたみに袖を しぼりつつ 末の松山 波越さじとは (ちぎりきな かなみにそでを しぼりつつ すゑのまつやま なみこさじとは) (清原元輔(きよはらのもとすけ)(908〜990) = 清原深養父(bR6)の孫 = 清少納言(bU2)の父) 「後拾遺集」 43.逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり (あひみての のちのこころに くらぶれば むかしはものを おもはざりけり) (権中納言敦忠(ごんちゅうなごんあつただ)(906〜943) = 藤原時平の三男 = 右近(bR8)と親交) 「拾遺集」 44.逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし (あふことの たえてしなくは なかなかに ひとをもみをも うらみざらまし) (中納言朝忠(ちゅうなごんあさただ)(910〜966) 太っていた。 = 藤原定方(bQ5)の五男) 「拾遺集」 45.あはれとも 言ふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな (あはれとも いふべきひとは おもほえで みのいたづらに なりぬべきかな) (謙徳公(けんとくこう)(924〜972) = 藤原伊尹(ふじわらのこれただ) = 貞信公(bQ6)の孫) 「拾遺集」 46.由良の門を 渡る舟人 梶を絶え 行方も知らぬ 恋の道かな (ゆらのとを わたるふなびと かぢをたえ ゆくへもしらぬ こひのみちかな) (曽禰好忠(そねのよしただ) 丹後(北京都)の人) 「新古今集」 47.八重葎 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり (やえむぐら しげれるやどの さびしきに ひとこそみえね あきはきにけり) (恵慶法師(えぎょうほうし) 播磨国(兵庫)の国分寺の僧)「拾遺集」 48.風をいたみ 岩打つ波の おのれのみ くだけて物を 思ふころかな (かぜをいたみ いわうつなみの おのれのみ くだけてものを おもふころかな) (源重之(みなもとのしげゆき) 旅好き) 「詞花集」 49.御垣守 衛士のたく火の 夜は燃え 昼は消えつつ 物をこそ思へ (みかきもり ゑじのたくひの よるはもえ ひるはきえつつ ものをこそおもへ) (大中臣能宣朝臣(おおなかとみのよしのぶあそん)(921〜991) = 伊勢大輔(bU1)の祖父) 「詞花集」 50.君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな (きみがため をしからざりし いのちさへ ながくもがなと おもひけるかな) (藤原義孝(ふじわらのよしたか)(954〜974) = 藤原伊尹(bS5)の三男) 「後拾遺集」
↑ 先頭へ 51.かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを (かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを) (藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)( 〜998) = 清少納言(bU2)と親交) 「後拾遺集」 52.明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな (あけぬれば くるるものとは しりながら なほうらめしき あさぼらけかな) (藤原道信朝臣(ふじわらのみちのぶあそん)(972〜994) = 藤原伊尹(bS5)の孫) 「後拾遺集」 53.嘆きつつ ひとり寝る夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る (なげきつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかはしる) (右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)(937頃〜995) = 「蜻蛉日記(かげろうにっき)」の作者) 「拾遺集」 54.忘れじの 行末までは かたければ 今日を限りの 命ともがな (わすれじの ゆくすゑまでは かたければ きょうをかぎりの いのちともがな) (儀同三司母(ぎどうさんしのはは)( 〜996)藤原道隆と結婚)「新古今集」 55.滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ (たきのおとは たえてひさしく なりぬれど なこそながれて なほきこえけれ) (大納言公任(だいなごんきんとう)(966〜1041) 和歌・漢詩・管弦に秀でた) 「拾遺集」 56.あらざらむ この世のほかの 思ひ出に いまひとたびの 逢ふこともがな (あらざらむ このよのほかの おもひでに いまひとたびの あふこともがな) (和泉式部(いずみしきぶ)(976頃〜?) 女流歌人 = 小式部内侍(bU0)の母) 「後拾遺集」 57.めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲隠れにし 夜半の月かな (めぐりあひて みしやそれとも わかぬまに くもがくれにし よはのつきかな) (紫式部(むらさきしきぶ)(970頃〜1014頃) = 「源氏物語」の作者として有名) 「新古今集」 58.有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする (ありまやま ゐなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする) (大弐三位(だいにのさんみ) = 紫式部(bT7)の娘) 「後拾遺集」 59.やすらはで 寝なましものを 小夜更けて かたぶくまでの 月を見しかな (やすらはで ねなましものを さよふけて かたぶくまでの つきをみしかな) (赤染衛門(あかぞめえもん) 女流歌人) 「後拾遺集」 60.大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立 (おおえやま いくののみちの とおければ まだふみもみす あまのはしだて) (小式部内侍(こしきぶのないし)( 〜1025) = 和泉式部(bT6)の娘) 「金葉集」
↑ 先頭へ 61.いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に にほひぬるかな (いにしへの ならのみやこの やへざくら けふここのへに にほひぬるかな) (伊勢大輔(いせのだいふ) 女流歌人) 「詞花集」 62.夜をこめて 鳥の空音は はかるとも よに逢阪の 関はゆるさじ (よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ) (清少納言(せいしょうなごん) 「枕草子(まくらのそうし)」の作者 = 清原元輔(bS2)の娘 = 藤原実方朝臣(bT1)と親交) 「後拾遺集」 63.今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな (いまはただ おもひたえなむ とばかりを ひとづてならで いふよしもがな) (左京大夫道雅(さきょうのだいぶみちまさ)(992〜1054) ) 「後拾遺集」 64.朝ぼらけ 宇治の川霧 たえだえに あらはれわたる 瀬々の網代木 (あさぼらけ うぢのかはぎり たえだえに あらはれわたる せぜのあじろぎ) (権中納言定頼(ごんちゅうなごんさだより)(995〜1045) = 大納言公任(bT5)の長男) 「千載集」 65.恨みわび ほさぬ袖だに あるものを 恋に朽ちなむ 名こそ惜しけれ (うらみわび ほさぬそでだに あるものを こひにくちなむ なこそをしけれ) (相模(さがみ) 平安中期の歌人) 「後拾遺集」 66.もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに 知る人もなし (もろともに あはれとおもへ やまざくら はなよりほかに しるひともなし) (前大僧正行尊(さきのだいそうじょうぎょうそん)(1055〜1135) 山伏修験の行者) 「金葉集」 67.春の夜の 夢ばかりなる 手枕に かひなく立たむ 名こそ惜しけれ (はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かひなくたたむ なこそをしけれ) (周防内侍(すおうのないし) 女流歌人) 「千載集」 68.心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな (こころにも あらでうきよに ながらへば こひしかるべき よはのつきかな) (三条院(さんじょういん)(976〜1017) 第67代天皇 「後拾遺集」 69.嵐吹く 三室の山の もみぢ葉は 龍田の川の 錦なりけり (あらしふく みむろのやまの もみぢばは たつたのかわの にしきなりけり) (能因法師(のういんほうし)(988〜?) 生涯漂白の旅人) 「後拾遺集」 70.さびしさに 宿をたち出でて ながむれば いづくも同じ 秋の夕暮 (さびしさに やどをたちいでて ながむれば いづくもおなじ あきのゆふぐれ) (良ぜん法師(りょうぜんほうし) 謎の法師) 「後拾遺集」
↑ 先頭へ 71.夕されば 門田の稲葉 おとづれて 蘆のまろやに 秋風ぞ吹く (ゆふされば かどたのいなば おとづれて あしのまろやに あきかぜぞふく) (大納言経信(だいなごんつねのぶ)(1016〜1097) 和歌・漢詩・管弦に秀でた) 「金葉集」 72.音に聞く 高師の浜の あだ波は かけじや袖の ぬれもこそすれ (おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ) (祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい) 女流歌人 「金葉集」 73.高砂の 尾上の 咲きにけり 外山の霞 立たずもあらなむ (たかさごの をのへのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなむ) (権中納言匡房(ごんちゅうなごんまさふさ)(1041〜1111) 神童、博学といわれた) 「後拾遺集」 74.憂かりける 人を初瀬の 山おろしよ はげしかれとは 祈らぬものを (うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを) (源俊頼朝臣(みなもとのとしよりあそん)(1055〜1129) = 大納言経信(bV1)の三男) 「千載集」 75.契りおきし させもが露を 命にて あはれ今年の 秋もいぬめり (ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あはれことしの あきもいぬめり) (藤原基俊(ふじわらのもととし)(1060〜1142) = 藤原俊家(ふじわらのとしいえ)の子) 「千載集」 76.わたの原 漕ぎ出でて見れば ひさかたの 雲居にまがふ 沖つ白波 (わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもゐにまがふ おきつしらなみ) (法性寺入道前関白太政大臣(ほっしょうじのにゅうどうさきのかんぱく だじょうだいじん)(1097〜1164) = 藤原忠通(ふじわらのただみち) 保元の乱) 「詞花集」 77.瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に 逢はむとぞ思ふ (せをはやみ いわにせかるる たきがはの われてもすゑに あはむとぞおもふ) (崇徳院(すとくいん)(1119〜1164) 第75代天皇 保元の乱、讃岐へ流された) 「詞花集」 78.淡路島 かよふ千鳥の 鳴く声に 幾夜寝覚めぬ 須磨の関守 (あはぢしま かよふちどりの なくこえに いくよねざめぬ すまのせきもり) (源兼昌(みなもとのかねまさ) 謎の歌人) 「金葉集」 79.秋風に たなびく雲の 絶え間より もれ出づる月の 影のさやけさ (あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいづるつきの かげのさやけさ) (左京大夫顕輔(さきょうのだいぶあきすけ)(1090〜1155) = 藤原清輔朝臣(bW4)の父) 「新古今集」 80.長からむ 心も知らず 黒髪の 乱れて今朝は 物をこそ思へ (ながからむ こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもへ) (待賢門院堀河(たいけんもんいんのほりかわ) 女流歌人) 「千載集」
↑ 先頭へ 81.ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる (ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる) (後徳大寺左大臣(ごとくだいじのさだいじん)(1139〜1191) = 藤原実定(ふじわらのさねさだ)) 「千載集」 82.思ひわび さても命は あるものを 憂きに堪へぬは 涙なりけり (おもひわび さてもいのちは あるものを うきにたへぬは なみだなりけり) (道因法師(どういんほうし)(1090〜?) かなり長生き) 「千載集」 83.世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る 山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる (よのなかよ みちこそなけれ おもひいる やまのおくにも しかぞなくなる) (皇太后宮大夫俊成(こうたいごうぐうのだいぶしゅんぜい)(1114〜1204) = 藤原俊成(ふじわらのとしなり(しゅんぜい)) = 藤原定家(bX7)の父) 「千載集」 84.長らへば またこのごろや しのばれむ 憂しと見し世ぞ 今は恋しき (ながらへば またこのごろや しのばれむ うしとみしよぞ いまはこひしき) (藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)(1104〜1177) = 左京大夫顕輔(bV9)の子) 「新古今集」 85.よもすがら 物思ふころは 明けやらぬ 閨のひまさへ つれなかりけり (よもすがら ものおもふころは あけやらぬ ねやのひまさへ つれなかりけり) (俊恵法師(しゅんえほうし)(1113〜?) = 大納言経信(bV1)の孫 = 藤原俊頼(bV4)の子 = 鴨長明(かものちょうめい)の先生) 「千載集」 86.嘆けとて 月やは物を 思はする かこち顔なる わが涙かな (なげけとて つきやはものを おもはする かこちがほなる わがなみだかな) (西行法師(さいぎょうほうし)(1118〜1190) 各地を旅行) 「千載集」 87.村雨の 露もまだひぬ の葉に 霧たちのぼる 秋の夕暮 (むらさめの つゆもまだひぬ まきのはに きりたちのぼる あきのゆうぐれ) (寂蓮法師(じゃくれんほうし)( 〜1202) = 藤原俊成(bW3)の養子) 「新古今集」 88.難波江の 蘆のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき (なにはえの あしのかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや こひわたるべき) (皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう) 女流歌人) 「千載集」 89.玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする (たまのをよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする) (式子内親王(しょくしないしんのう)(?〜1201) = 後白河天皇の皇女) 「新古今集」 90.見せばやな 雄島のあまの 袖だにも 濡れにぞ濡れし 色はかはらず (みせばやな をじまのあまの そでだにも ぬれにぞぬれし いろはかはらず) (殷富門院大輔(いんぷもんいんのたいふ) 女流歌人) 「千載集」
↑ 先頭へ 91.きりぎりす 鳴くや霜夜の さむしろに 衣片敷き ひとりかも寝む (きりぎりす なくやしもよの さむしろに ころもかたしき ひとりかもねむ) (後京極摂政前太政大臣(ごきょうごくせっしょうさきのだじょうだいじん) (1169〜1206)   = 藤原良経(ふじわらのよしつね) = 性寺入道前関白太政大臣(bV6)の孫) 「新古今集」 92.わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし (わがそでは しほひにみえぬ おきのいしの ひとこそしらね かわくまもなし) (二条院讃岐(にじょういんのさぬき)(1141頃〜1217頃) = 源頼政(みなもとのよりまさ)の娘) 「千載集」 93.世の中は 常にもがもな 渚漕ぐ あまの小舟の 綱手かなしも (よのなかは つねにもがもな なぎさこぐ あまのこぶねの つなでかなしも) (鎌倉右大臣(かまくらのうだいじん)(1192〜1219) = 鎌倉幕府の第3代将軍源実朝(さねとも) 隠れ銀杏(暗殺された)) 「新勅撰集」 94.み吉野の 山の秋風 小夜ふけて ふるさと寒く 衣うつなり (みよしのの やまのあきかぜ さよふけて ふるさとさむく ころもうつなり) (参議雅経(さんぎまさつね)(1170〜1221) = 藤原頼経(よりつね)の子 蹴鞠の名人) 「新古今集」 95.おほけなく うき世の民に おほふかな わがたつ杣に 墨染の袖 (おほけなく うきよのたみに おほふかな わがたつそまに すみぞめのそで) (前大僧正慈円(さきのだいそうじょうじえん)(1155〜1225) = 性寺入道前関白太政大臣(bV6)の六男) 「千載集」 96.花さそふ 嵐の庭の 雪ならで ふりゆくものは わが身なりけり (はなさそふ あらしのにわの ゆきならで うりゆくものは わがみなりけり) (入道前太政大臣(にゅうどうさきのだじょうだいじん)(1171〜1244) = 藤原公経) 「新勅撰集」 97.来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ (こぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに やくやもしほの みもこがれつつ) (権中納言定家(ごんちゅうなごんていか)(1162〜1241) = 藤原定家 = 藤原俊成(bW3)の子 = 「百人一首」と「明月記(めいげつき)」の作者 「新勅撰集」 98.風そよぐ ならの小川の 夕暮は みそぎぞ夏の しるしなりける (かぜそよぐ ならのをがはの ゆふぐれは みそぎぞなつの しるしなりける) (従二位家隆(じゅにいいえたか)(1158〜1237) = 藤原光隆(みつたか)の子 = 寂蓮法師(bW7)の養子) 「新勅撰集」 99.人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は (ひともをし ひともうらめし あぢきなく よをおもふゆゑに ものおもふみは) (後鳥羽院(ごとばいん)(1180〜1239) 第82代天皇 承久の乱で隠岐島に流される) 「続後撰集」 100.ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり (ももしきや ふるきのきばの しのぶにも なほあまりある むかしなりけり) (順徳院(じゅんとくいん)(1197〜1242) 第84代天皇 = 後鳥羽院(bX9)の第三皇子 承久の乱で佐渡ケ島に流される) 「続後撰集」 ↑ 先頭へ
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