百人一首



  
 花     紅葉
「小倉(おぐら)百人一首」
ともいいます。
”小倉”とは北九州の
小倉(こくら)のことではなく、
京都の嵯峨の
小倉山(おぐらやま)のことです♪


作者は
藤原定家(ふじわらのていか)。
平安時代末期から
鎌倉時代初期の頃の有名な歌人です。
天智天皇から定家の時代までの
優れた歌人100人の
短歌を選んだ、
いわばその時代までの
「ベスト短歌」が
この「百人一首」になったわけです。

作成されたのは、鎌倉時代の
西暦1235年頃(今から約800年前)。
「文暦(ぶんりゃく)」とか
「嘉禎(かてい)」の
年号の頃です。
ご参考 → 年号(元号)一覧

定家が、知り合いの人から、
山荘の障子に貼る色紙の
作成を依頼され、
それでこの百人一首を編集して
書いて贈ったそうです。
その山荘が小倉山にあったとのこと。
小倉山は渡月橋(とげつきょう)で
有名な京都の嵐山の近くにある山。
秋の紅葉がきれいらしい♪

なお、正月に行われる
「百人一首かるた」は、
上の句(五・七・五)の
かるたを読んで 
下の句(七・七)のかるたを
先にぴゅっと取る、
という遊びです。 


 1~ 11~ 21~ 31~

41~ 51~ 61~ 71~

81~ 91~100


          ↓ 下へ

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1.秋の田の かりほの庵の
  苫をあらみ
  我が衣手は 露にぬれつつ

 (あきのたの かりほのいほの
  とまをあらみ
  わがころもでは
  つゆにぬれつつ)
      「後撰集」

   天智天皇(てんじてんのう)
   (626~671) 第38代天皇
   = 中大兄皇子
    (なかのおおえのおうじ)
     大化の改新


2.春過ぎて 夏来にけらし
  白妙の
  衣干すてふ 天の香具山

 (はるすぎて なつきにけらし
  しろたへの
  ころもほすてふ
  あまのかぐやま)
      「新古今集」

   持統天皇(じとうてんのう)
   (645~702) 第41代天皇
   = 天智天皇(№1)の
     第二皇女)


3.あし引きの 山鳥の尾の
  しだり尾の
  ながながし夜を
  ひとりかも寝む

 (あしびきの やまどりのおの
  しだりおの
  ながながしよを
  ひとりかもねむ)
      「拾遺集」
   
   柿本人麻呂
  (かきのもとのひとまろ)
   万葉集の歌人


4.田子の浦に
  うち出でて見れば
  白妙の
  富士の高嶺に 雪はふりつつ

 (たごのうらに
  うちいでてみれば
  しろたへの
  ふじのたかねに
  ゆきはふりつつ)
      「新古今集」

   山部赤人
  (やまべのあかひと)
   万葉集の歌人


5.奥山に 紅葉ふみわけ
  鳴く鹿の
  声きく時ぞ 秋はかなしき

 (おくやまに もみぢふみわけ
  なくしかの
  こえきくときぞ
  あきはかなしき)
      「古今集」

   猿丸大夫(さるまるだゆう)
   謎の人物


6.かささぎの わたせる橋に
  置く霜の
  白きを見れば 夜ぞ更けにける

 (かささぎの わたせるはしに
  おくしもの
  しろきをみれば
  よぞふけにける)
      「新古今集」

   中納言家持
  (ちゅうなごんやかもち)
   (718~785)
   = 大伴家持
    (おおとものやかもち)
   = 大伴旅人の長男


7.天の原 ふりさけ見れば
  春日なる
  三笠の山に 出でし月かも

 (あまのはら ふりさけみれば
  かすがなる
  みかさのやまに
  いでしつきかも)
      「古今集」

   安倍仲麿(あべのなかまろ)
   (701~770) 遣唐使 


8.わが庵は 都の辰巳
  しかぞ住む
  世をうぢ山と 人はいふなり

 (わがいほは みやこのたつみ
  しかぞすむ
  よをうぢやまと
  ひとはいふなり)
      「古今集」

   喜撰法師(きせんほうし)
   宇治の仙人


9.の色は 移りにけりな
  いたづらに
  我が身世にふる
  ながめせし間に

 (はなのいろは
  うつりにけりな
  いたづらに
  わがみよにふる
  ながめせしまに)
      「古今集」

   小野小町(おののこまち)
   平安の美女


10.これやこの 行くも帰るも
   別れては
   知るも知らぬも 逢坂の関

  (これやこの ゆくもかえるも
   わかれては
   しるもしらぬも
   あふさかのせき)
       「後撰集」

    蝉丸(せみまる)
    琵琶の名手

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11.わたの原 八十島かけて
   漕ぎ出でぬと
   人には告げよ 海女の釣舟

  (わたのはら やそしまかけて
   こぎいでぬと
   ひとにはつげよ
   あまのつりぶね)
       「古今集」

    参議篁(さんぎたかむら)
    (802~852) 隠岐島へ


12.天つ風 雲の通ひ路
   吹きとぢよ
   をとめの姿 しばしとどめむ

  (あまつかぜ くものかよひぢ
   ふきとぢよ
   をとめのすがた
   しばしとどめむ)
       「古今集」

    僧正遍照
   (そうじょうへんじょう)
    (816~890) 垣武天皇の孫


13.筑波嶺の 峰より落つる
   みなの川
   恋ぞつもりて 淵となりぬる

  (つくばねの みねよりおつる
   みなのがわ
   こひぞつもりて
   ふちとなりぬる)
       「後撰集」

    陽成院(ようぜいいん)
    (868~949) 第57代天皇


14.陸奥の しのぶもぢずり
   誰ゆゑに
   乱れそめにし 我ならなくに

  (みちのくの しのぶもぢずり
   たれゆゑに
   みだれそめにし
   われならなくに)
       「古今集」

    河原左大臣
   (かわらのさだいじん)
    (822~895)
   = 源融(みなもとのとおる)


15.君がため 春の野に出でて
   若菜つむ
   我が衣手に 雪は降りつつ

  (きみがため
   はるののにいでて
   わかなつむ
   わがころもでに
   ゆきはふりつつ)
       「古今集」

    光孝天皇
   (こうこうてんのう)
    (830~887) 第58代天皇


16.立ち別れ いなばの山の
   峰に生ふる
   まつとし聞かば 今帰り来む

  (たちわかれ いなばのやまの
   みねにおふる
   まつとしきかば
   いまかえりこむ)
       「古今集」

    中納言行平
    (ちゅうなごんゆきひら)
    (818~893) 須磨流し 


17.ちはやぶる 神代も聞かず
   龍田川
   からくれなゐに
   水くくるとは

  (ちはやぶる かみよもきかず
   たつたがは
   からくれなゐに
   みずくくるとは)
       「古今集」

    在原業平朝臣
   (ありわらのなりひらあそん)
    (825~880)
    平安の美男子、
    伊勢物語のモデル


18.住の江の 岸に寄る波
   よるさへや
   夢の通ひ路 人目よくらむ

  (すみのえの きしによるなみ
   よるさへや
   ゆめのかよひぢ
   ひとめよくらむ)
       「古今集」

    藤原敏行朝臣
   (ふじわらのとしゆきあそん)
    ( ~901) 能書家


19.難波潟 短き蘆の
   ふしの間も
   逢はでこのよを
   過ぐしてよとや

  (なにはがた みじかきあしの
   ふしのまも
   あはでこのよを
   すぐしてよとや)
       「新古今集」

    伊勢(いせ)
    = 藤原継陰の娘


20.わびぬれば 今はた同じ
   難波なる
   みをつくしても
   逢はむとぞ思ふ

  (わびぬれば
   いまはたおなじ
   なにはなる
   みをつくしても
   あはむとぞおもふ)
        「後撰集」

    元良親王
   (もとよししんのう)
    (890~943)
    = 陽成天皇(№13)の
      第一皇子
    = 光源氏のモデル?

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21.今来むと いひしばかりに
   長月の
   有明の月を
   待ち出でつるかな

  (いまこむと いひしばかりに
   ながつきの
   ありあけのつきを
   まちいでつるかな)
        「古今集」

    素性法師(そせいほうし)
    = 僧正遍照(№12)の子


22.吹くからに 秋の草木の
   しをるれば
   むべ山風を
   あらしといふらむ

  (ふくからに あきのくさきの
   しをるれば
   むべやまかぜを
   あらしといふらむ)
        「古今集」

    文屋康秀
   (ふんやのやすひで)
   = 小野小町(№9)と親交


23.月見れば 千々に物こそ
   悲しけれ
   わが身ひとつの
   秋にはあらねど

  (つきみれば ちぢにものこそ
   かなしけれ
   わがみひとつの
   あきにはあらねど)
        「古今集」

    大江千里
   (おおえのちさと)
    博学の儒者


24.このたびは 幣も取りあへず
   手向山
   紅葉の錦 神のまにまに

  (このたびは
   ぬさもとりあへず
   たむけやま
   もみぢのにしき
   かみのまにまに)
       「古今集」

    菅家(かんけ)(845~903)
    = 菅原道真
     (すがわらのみちざね)
      学問の神様
      福岡の太宰府天満宮


25.名にし負はば 逢坂山の
   さねかづら
   人に知られで
   くるよしもがな

  (なにしおはば
   あふさかやまの
   さねかづら
   ひとにしられで
   くるよしもがな)
       「後撰集」

    三条右大臣
   (さんじょうのうだいじん)
    (873~932)
    = 藤原定方
     (ふじわらのさだかた)


26.小倉山 峰のもみじ葉
   心あらば
   今ひとたびの
   みゆき待たなむ

  (おぐらやま みねのもみぢば
   こころあらば
   いまひとたびの
   みゆきまたなむ)
       「拾遺集」

    貞信公(ていしんこう)
    (880~949)
    = 藤原忠平
     (ふじわらのただひら)


27.みかの原 わきて流るる
   いづみ川
   いつ見きとてか
   恋しかるらむ

  (みかのはら
   わきてながるる
   いづみがは
   いつみきとてか
   こひしかるらむ)
       「新古今集」

    中納言兼輔
   (ちゅうなごんかねすけ)
    (877~933)
    = 藤原定方(№25)の
        いとこ


28.山里は 冬ぞ寂しさ
   まさりける
   人目も草も かれぬと思へば

  (やまざとは ふゆぞさびしさ
   まさりける
   ひとめもくさも
   かれぬとおもへば)
        「古今集」

    源宗干朝臣
   (みなもとのむねゆきあそん)
    ( ~939)
   = 光孝天皇(№15)の孫


29.心あてに 折らばや折らむ
   初霜の
   置きまどはせる 白菊の花

  (こころあてに
   おらばやおらむ
   はつしもの
   おきまどはせる
   しらぎくのはな)
       「古今集」

    凡河内躬恒
   (おおしこうちのみつね)
    古今集の選者の一人


30.有明の つれなく見えし
   別れより
   暁ばかり 憂きものはなし

  (ありあけの つれなくみえし
   わかれより
   あかつきばかり
   うきものはなし)
       「古今集」

    壬生忠岑
   (みぶのただみね)
    古今集の選者の一人

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31.朝ぼらけ 有明の月と
   見るまでに
   吉野の里に 降れる白雪

  (あさぼらけ
   ありあけのつきと
   みるまでに
   よしののさとに
   ふれるしらゆき)
       「古今集」

    坂上是則
   (さかのうえのこれのり)
    蹴鞠(けまり)の名手


32.山川に 風のかけたる
   しがらみは
   流れもあへぬ
   紅葉なりけり

  (やまがはに
   かぜのかけたる
   しがらみは
   ながれもあへぬ
   もみぢなりけり)
       「古今集」

    春道列樹
   (はるみちのつらき)
    ( ~920) )


33.久方の 光のどけき
   春の日に
   しづ心なく の散るらむ

  (ひさかたの ひかりのどけき
   はるのひに
   しづこころなく
   はなのちるらむ)
       「古今集」

    紀友則(きのとものり)
    ( ~905頃)
    = 紀貫之(№35)の
       いとこ。
      古今集の選者の一人


34.誰をかも 知る人にせむ
   高砂の
   も昔の 友ならなくに

  (たれをかも
   しるひとにせむ
   たかさごの
   まつもむかしの
   ともならなくに)
       「古今集」

    藤原興風
   (ふじわらのおきかぜ)
    琴の名手


35.人はいさ 心も知らず
   古里は
   ぞ昔の 香ににほひける

  (ひとはいさ
   こころもしらず
   ふるさとは
   はなぞむかしの
   かににほひける)
       「古今集」

    紀貫之(きのつらゆき)
    (868頃~946)
    = 「土佐日記」の作者。
      古今集の選者の一人


36.夏の夜は まだ宵ながら
   明けぬるを
   雲のいづくに 月宿るらむ

  (なつのよは まだよひながら
   あけぬるを
   くものいづくに
   つきやどるらむ)
       「古今集」

    清原深養父
   (きよはらのふかやぶ)
    = 「日本書記」編者の
      舎人親王
     (とねりしんのう)
      の子孫


37.白露に 風の吹きしく
   秋の野は
   つらぬきとめぬ
   玉ぞ散りける

  (しらつゆに
   かぜのふきしく
   あきののは
   つらぬきとめぬ
   たまぞちりける)
       「古今集」

    文屋朝康
   (ふんやのあさやす)
   = 文屋康秀(№22)の子


38.忘らるる 身をば思はず
   誓ひてし
   人の命の 惜しくもあるかな

  (わすらるる みをばおもはず
   ちかひてし
   ひとのいのちの
   おしくもあるかな)
        「拾遺集」

    右近(うこん) 女流歌人


39.浅茅生の 小野の篠原
   忍ぶれど
   あまりてなどか 人の恋しき

  (あさぢふの をののしのはら
   しのぶれど
   あまりてなどか
   ひとのこひしき)
       「後撰集」

    参議等(さんぎひとし)
    (880~951)
    源希(まれ)の次男


40.忍ぶれど 色に出でにけり
   我が恋は
   物や思ふと 人の問ふまで

  (しのぶれど
   いろにいでにけり
   わがこひは
   ものやおもふと
   ひとのとふまで)
       「拾遺集」

    平兼盛
   (たいらのかねもり)
    ( ~990)
    村上天皇の歌合せ会での
    優勝者

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41.恋すてふ 我が名はまだき
   立ちにけり
   人知れずこそ 思ひそめしか

  (こひすてふ わがなはまだき
   たちにけり
   ひとしれずこそ
   おもひそめしか)
       「拾遺集」

    壬生忠見(みぶのただみ)
   = 壬生忠岑(№30)の子
    村上天皇の歌合せ会での
    準優勝者


42.契りきな かたみに袖を
   しぼりつつ
   末の松山 波越さじとは

  (ちぎりきな かなみにそでを
   しぼりつつ
   すゑのまつやま
   なみこさじとは)
       「後拾遺集」

    清原元輔
   (きよはらのもとすけ)
    (908~990) 
   = 清原深養父(№36)の孫
   = 清少納言(№62)の父)


43.逢ひ見ての 後の心に
   くらぶれば
   昔は物を 思はざりけり

  (あひみての のちのこころに
   くらぶれば
   むかしはものを
   おもはざりけり)
       「拾遺集」

    権中納言敦忠
   (ごんちゅうなごんあつただ)
    (906~943)
    = 藤原時平の三男
    = 右近(№38)と親交


44.逢ふことの 絶えてしなくは
   なかなかに
   人をも身をも 恨みざらまし

  (あふことの たえてしなくは
   なかなかに
   ひとをもみをも
   うらみざらまし)
       「拾遺集」

    中納言朝忠
   (ちゅうなごんあさただ)
    (910~966) 太っていた。
    = 藤原定方(№25)
      の五男


45.あはれとも 言ふべき人は
   思ほえで
   身のいたづらに
   なりぬべきかな

  (あはれとも いふべきひとは
   おもほえで
   みのいたづらに
   なりぬべきかな)
       「拾遺集」

    謙徳公(けんとくこう)
    (924~972) 
    = 藤原伊尹
     (ふじわらのこれただ)
    = 貞信公(№26)の孫


46.由良の門を 渡る舟人
   梶を絶え
   行方も知らぬ 恋の道かな

  (ゆらのとを わたるふなびと
   かぢをたえ
   ゆくへもしらぬ
   こひのみちかな)
       「新古今集」

    曽禰好忠(そねのよしただ)
    丹後(北京都)の人


47.八重葎 しげれる宿の
   さびしきに
   人こそ見えね 秋は来にけり

  (やえむぐら しげれるやどの
   さびしきに
   ひとこそみえね
   あきはきにけり)
       「拾遺集」

    恵慶法師(えぎょうほうし)
    播磨国(兵庫)の
    国分寺の僧


48.風をいたみ 岩打つ波の
   おのれのみ
   くだけて物を 思ふころかな

  (かぜをいたみ
   いわうつなみの
   おのれのみ
   くだけてものを
   おもふころかな)
       「詞花集」

    源重之
   (みなもとのしげゆき)
    旅好き


49.御垣守 衛士のたく火の
   夜は燃え
   昼は消えつつ 物をこそ思へ

  (みかきもり ゑじのたくひの
   よるはもえ
   ひるはきえつつ
   ものをこそおもへ)
        「詞花集」

    大中臣能宣朝臣
   (おおなかとみの
     よしのぶあそん)
    (921~991)
   = 伊勢大輔(№61)の祖父


50.君がため 惜しからざりし
   命さへ
   長くもがなと 思ひけるかな

  (きみがため をしからざりし
   いのちさへ
   ながくもがなと
   おもひけるかな)
       「後拾遺集」

    藤原義孝
   (ふじわらのよしたか)
    (954~974)
    = 藤原伊尹(№45)
       の三男

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51.かくとだに えやはいぶきの
   さしも草
   さしも知らじな
   燃ゆる思ひを

  (かくとだに えやはいぶきの
   さしもぐさ
   さしもしらじな
   もゆるおもひを)
       「後拾遺集」

    藤原実方朝臣
   (ふじわらのさねかたあそん)
    ( ~998)
   = 清少納言(№62)と親交


52.明けぬれば 暮るるものとは
   知りながら
   なほ恨めしき 朝ぼらけかな

  (あけぬれば くるるものとは
   しりながら
   なほうらめしき
   あさぼらけかな)
       「後拾遺集」

    藤原道信朝臣
   (ふじわらのみちのぶあそん)
    (972~994)
    = 藤原伊尹(№45)の孫


53.嘆きつつ ひとり寝る夜の
   明くる間は
   いかに久しき ものとかは知る

  (なげきつつ ひとりぬるよの
   あくるまは
   いかにひさしき
   ものとかはしる)
       「拾遺集」

    右大将道綱母
  (うだいしょうみちつなのはは)
    (937頃~995)
    = 「蜻蛉日記
      (かげろうにっき)」
       の作者


54.忘れじの 行末までは
   かたければ
   今日を限りの 命ともがな

  (わすれじの ゆくすゑまでは
   かたければ
   きょうをかぎりの
   いのちともがな)
       「新古今集」

    儀同三司母
   (ぎどうさんしのはは)
    ( ~996) 藤原道隆と結婚


55.滝の音は 絶えて久しく
   なりぬれど
   名こそ流れて
   なほ聞こえけれ

  (たきのおとは
   たえてひさしく
   なりぬれど
   なこそながれて
   なほきこえけれ)
       「拾遺集」

    大納言公任
   (だいなごんきんとう)
    (966~1041)
    和歌・漢詩・管弦に秀でた


56.あらざらむ この世のほかの
   思ひ出に
   いまひとたびの
   逢ふこともがな

  (あらざらむ このよのほかの
   おもひでに
   いまひとたびの
   あふこともがな)
       「後拾遺集」

    和泉式部(いずみしきぶ)
    (976頃~?) 女流歌人
   = 小式部内侍(№60)の母


57.めぐり逢ひて
   見しやそれとも
   わかぬ間に
   雲隠れにし 夜半の月かな

  (めぐりあひて
   みしやそれとも
   わかぬまに
   くもがくれにし
   よはのつきかな)
       「新古今集」

    紫式部(むらさきしきぶ)
    (970頃~1014頃)
    = 「源氏物語」の
       作者として有名


58.有馬山 猪名の笹原
   風吹けば
   いでそよ人を
   忘れやはする

  (ありまやま
   ゐなのささはら
   かぜふけば
   いでそよひとを
   わすれやはする)
       「後拾遺集」

    大弐三位
   (だいにのさんみ)
    = 紫式部(№57)の娘


59.やすらはで 寝なましものを
   小夜更けて
   かたぶくまでの
   月を見しかな

  (やすらはで ねなましものを
   さよふけて
   かたぶくまでの
   つきをみしかな)
       「後拾遺集」

    赤染衛門
   (あかぞめえもん)
    女流歌人


60.大江山 いく野の道の
   遠ければ
   まだふみもみず 天の橋立

  (おおえやま いくののみちの
   とおければ
   まだふみもみす
   あまのはしだて)
       「金葉集」

    小式部内侍
   (こしきぶのないし)
    ( ~1025)
   = 和泉式部(№56)の娘

__________________

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61.いにしへの 奈良の都の
   八重桜
   けふ九重に にほひぬるかな

  (いにしへの ならのみやこの
   やへざくら
   けふここのへに
   にほひぬるかな)
       「詞花集」

    伊勢大輔(いせのだいふ)
    女流歌人


62.夜をこめて 鳥の空音は
   はかるとも
   よに逢阪の 関はゆるさじ

  (よをこめて とりのそらねは
   はかるとも
   よにあふさかの
   せきはゆるさじ)
       「後拾遺集」

    清少納言
   (せいしょうなごん)
    「枕草子」の作者
   = 清原元輔(№42)の娘
   = 藤原実方朝臣(№51)
        と親交


63.今はただ 思ひ絶えなむ
   とばかりを
   人づてならで
   いふよしもがな

  (いまはただ おもひたえなむ
   とばかりを
   ひとづてならで
   いふよしもがな)
       「後拾遺集」

    左京大夫道雅
  (さきょうのだいぶみちまさ)
    (992~1054) 


64.朝ぼらけ 宇治の川霧
   たえだえに
   あらはれわたる
   瀬々の網代木

  (あさぼらけ うぢのかはぎり
   たえだえに
   あらはれわたる
   せぜのあじろぎ)
       「千載集」

    権中納言定頼
  (ごんちゅうなごんさだより)
    (995~1045)
    = 大納言公任(№55)
         の長男


65.恨みわび ほさぬ袖だに
   あるものを
   恋に朽ちなむ
   名こそ惜しけれ

  (うらみわび ほさぬそでだに
   あるものを
   こひにくちなむ
   なこそをしけれ)
       「後拾遺集」

    相模(さがみ)
    平安中期の歌人


66.もろともに あはれと思へ
   山桜
   花よりほかに 知る人もなし

  (もろともに あはれとおもへ
   やまざくら
   はなよりほかに
   しるひともなし)
       「金葉集」

    前大僧正行尊
   (さきのだいそうじょう
    ぎょうそん)
    (1055~1135)
    山伏修験の行者


67.春の夜の 夢ばかりなる
   手枕に
   かひなく立たむ
   名こそ惜しけれ

  (はるのよの ゆめばかりなる
   たまくらに
   かひなくたたむ
   なこそをしけれ)
       「千載集」

    周防内侍
   (すおうのないし)
    女流歌人


68.心にも あらでうき世に
   ながらへば
   恋しかるべき 夜半の月かな

  (こころにも あらでうきよに
   ながらへば
   こひしかるべき
   よはのつきかな)
       「後拾遺集」

    三条院(さんじょういん)
    (976~1017)
    第67代天皇


69.嵐吹く 三室の山の
   もみぢ葉は
   龍田の川の 錦なりけり

  (あらしふく みむろのやまの
   もみぢばは
   たつたのかわの
   にしきなりけり)
       「後拾遺集」

    能因法師
   (のういんほうし)
    (988~?)
    生涯漂白の旅人


70.さびしさに 宿をたち出でて
   ながむれば
   いづくも同じ 秋の夕暮

  (さびしさに
   やどをたちいでて
   ながむれば
   いづくもおなじ
   あきのゆふぐれ)
       「後拾遺集」

    良ぜん法師
   (りょうぜんほうし)
    謎の法師

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71.夕されば 門田の稲葉
   おとづれて
   蘆のまろやに 秋風ぞ吹く

  (ゆふされば かどたのいなば
   おとづれて
   あしのまろやに
   あきかぜぞふく)
       「金葉集」

    大納言経信
   (だいなごんつねのぶ)
    (1016~1097)
    和歌・漢詩・管弦に秀でた


72.音に聞く 高師の浜の
   あだ波は
   かけじや袖の
   ぬれもこそすれ

  (おとにきく たかしのはまの
   あだなみは
   かけじやそでの
   ぬれもこそすれ)
       「金葉集」

    祐子内親王家紀伊
   (ゆうしない
     しんのうけのきい)
    女流歌人


73.高砂の 尾上の
   咲きにけり
   外山の霞 立たずもあらなむ

  (たかさごの をのへのさくら
   さきにけり
   とやまのかすみ
   たたずもあらなむ)
        「後拾遺集」

    権中納言匡房
   (ごんちゅうなごん
      まさふさ)
    (1041~1111)
    神童、博学といわれた。


74.憂かりける 人を初瀬の
   山おろしよ
   はげしかれとは
   祈らぬものを

  (うかりける ひとをはつせの
   やまおろしよ
   はげしかれとは
   いのらぬものを)
       「千載集」

    源俊頼朝臣
   (みなもとのとしより
     あそん)
    (1055~1129)
    = 大納言経信(№71)
        の三男


75.契りおきし させもが露を
   命にて
   あはれ今年の
   秋もいぬめり

  (ちぎりおきし
   させもがつゆを
   いのちにて
   あはれことしの
   あきもいぬめり)
       「千載集」

    藤原基俊
   (ふじわらのもととし)
    (1060~1142)
    = 藤原俊家
     (ふじわらのとしいえ)
      の子


76.わたの原
   漕ぎ出でて見れば
   ひさかたの
   雲居にまがふ 沖つ白波

  (わたのはら
   こぎいでてみれば
   ひさかたの
   くもゐにまがふ
   おきつしらなみ)
       「詞花集」

    法性寺入道
     前関白太政大臣
   (ほっしょうじの
    にゅうどう
    さきのかんぱく
    だじょうだいじん)
    (1097~1164)
    = 藤原忠通
     (ふじわらのただみち)
      保元の乱


77.瀬を早み 岩にせかるる
   滝川の
   われても末に
   逢はむとぞ思ふ

  (せをはやみ
   いわにせかるる
   たきがはの
   われてもすゑに
   あはむとぞおもふ)
        「詞花集」

    崇徳院(すとくいん)
    (1119~1164)
    第75代天皇
    保元の乱、讃岐へ流された


78.淡路島 かよふ千鳥の
   鳴く声に
   幾夜寝覚めぬ 須磨の関守

  (あはぢしま
   かよふちどりの
   なくこえに
   いくよねざめぬ
   すまのせきもり)
       「金葉集」

    源兼昌
   (みなもとのかねまさ)
    謎の歌人


79.秋風に たなびく雲の
   絶え間より
   もれ出づる月の
   影のさやけさ

  (あきかぜに
   たなびくくもの
   たえまより
   もれいづるつきの
   かげのさやけさ)
       「新古今集」

    左京大夫顕輔
   (さきょうのだいぶ
     あきすけ)
    (1090~1155)
   = 藤原清輔朝臣(№84)
       の父


80.長からむ 心も知らず
   黒髪の
   乱れて今朝は 物をこそ思へ

  (ながからむ こころもしらず
   くろかみの
   みだれてけさは
   ものをこそおもへ)
        「千載集」

    待賢門院堀河
   (たいけんもんいんの
     ほりかわ)
    女流歌人

__________________

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81.ほととぎす 鳴きつる方を
   ながむれば
   ただ有明の 月ぞ残れる

  (ほととぎす なきつるかたを
   ながむれば
   ただありあけの
   つきぞのこれる)
       「千載集」

    後徳大寺左大臣
   (ごとくだいじの
     さだいじん)
    (1139~1191)
    = 藤原実定
     (ふじわらのさねさだ)


82.思ひわび さても命は
   あるものを
   憂きに堪へぬは 涙なりけり

  (おもひわび さてもいのちは
   あるものを
   うきにたへぬは
   なみだなりけり)
       「千載集」

    道因法師
   (どういんほうし)
    (1090~?) かなり長生き


83.世の中よ 道こそなけれ
   思ひ入る
   山の奥にも 鹿ぞ鳴くなる

  (よのなかよ みちこそなけれ
   おもひいる
   やまのおくにも
   しかぞなくなる)
       「千載集」

    皇太后宮大夫俊成
   (こうたいごうぐうの
    だいぶしゅんぜい)
    (1114~1204) 
    = 藤原俊成
     (ふじわらのとしなり
        (しゅんぜい))
    = 藤原定家(№97)の父


84.長らへば またこのごろや
   しのばれむ
   憂しと見し世ぞ 今は恋しき

  (ながらへば またこのごろや
   しのばれむ
   うしとみしよぞ
   いまはこひしき)
       「新古今集」

    藤原清輔朝臣
   (ふじわらのきよすけあそん)
    (1104~1177)
    = 左京大夫顕輔(№79)
       の子


85.よもすがら 物思ふころは
   明けやらぬ
   閨のひまさへ
   つれなかりけり

  (よもすがら
   ものおもふころは
   あけやらぬ
   ねやのひまさへ
   つれなかりけり)
       「千載集」

    俊恵法師
   (しゅんえほうし)
    (1113~?)
   = 大納言経信(№71)
        の孫
   = 藤原俊頼(№74)
        の子
   = 鴨長明
    (かものちょうめい)
      の先生


86.嘆けとて 月やは物を
   思はする
   かこち顔なる わが涙かな

  (なげけとて つきやはものを
   おもはする
   かこちがほなる
   わがなみだかな)
       「千載集」

    西行法師
   (さいぎょうほうし)
    (1118~1190) 各地を旅行


87.村雨の 露もまだひぬ
   の葉に
   霧たちのぼる 秋の夕暮

  (むらさめの つゆもまだひぬ
   まきのはに
   きりたちのぼる
   あきのゆうぐれ)
       「新古今集」

    寂蓮法師
   (じゃくれんほうし)
    ( ~1202)
    = 藤原俊成(№83)
       の養子


88.難波江の 蘆のかりねの
   ひとよゆゑ
   みをつくしてや
   恋ひわたるべき

  (なにはえの
   あしのかりねの
   ひとよゆゑ
   みをつくしてや
   こひわたるべき)
       「千載集」

    皇嘉門院別当
   (こうかもんいんの
     べっとう)
    女流歌人


89.玉の緒よ 絶えなば絶えね
   ながらへば
   忍ぶることの
   弱りもぞする

  (たまのをよ
   たえなばたえね
   ながらへば
   しのぶることの
   よわりもぞする)
       「新古今集」

    式子内親王
   (しょくしないしんのう)
    (?~1201)
    = 後白河天皇の皇女


90.見せばやな 雄島のあまの
   袖だにも
   濡れにぞ濡れし
   色はかはらず

  (みせばやな をじまのあまの
   そでだにも
   ぬれにぞぬれし
   いろはかはらず)
       「千載集」

    殷富門院大輔
   (いんぷもんいんのたいふ)
    女流歌人

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91.きりぎりす 鳴くや霜夜の
   さむしろに
   衣片敷き ひとりかも寝む

  (きりぎりす なくやしもよの
   さむしろに
   ころもかたしき
   ひとりかもねむ)
       「新古今集」

    後京極摂政前太政大臣
   (ごきょうごくせっしょう
    さきのだじょうだいじん)
    (1169~1206)
    = 藤原良経
     (ふじわらのよしつね)
    = 法性寺入道前
      関白太政大臣(№76)
      の孫


92.わが袖は 潮干に見えぬ
   沖の石の
   人こそ知らね 乾く間もなし

  (わがそでは しほひにみえぬ
   おきのいしの
   ひとこそしらね
   かわくまもなし)
       「千載集」

    二条院讃岐
   (にじょういんのさぬき)
    (1141頃~1217頃)
    = 源頼政
     (みなもとのよりまさ)
      の娘


93.世の中は 常にもがもな
   渚漕ぐ
   あまの小舟の 綱手かなしも

  (よのなかは つねにもがもな
   なぎさこぐ
   あまのこぶねの
   つなでかなしも)
       「新勅撰集」

    鎌倉右大臣
   (かまくらのうだいじん)
    (1192~1219)
   = 鎌倉幕府の第3代将軍の
     源実朝(さねとも)
     隠れ銀杏(暗殺された)


94.み吉野の 山の秋風
   小夜ふけて
   ふるさと寒く 衣うつなり

  (みよしのの
   やまのあきかぜ
   さよふけて
   ふるさとさむく
   ころもうつなり)
       「新古今集」

    参議雅経
   (さんぎまさつね)
    (1170~1221)
    = 藤原頼経(よりつね)
      の子
      蹴鞠の名人


95.おほけなく うき世の民に
   おほふかな
   わがたつ杣に 墨染の袖

  (おほけなく うきよのたみに
   おほふかな
   わがたつそまに
   すみぞめのそで)
       「千載集」

    前大僧正慈円
   (さきのだいそうじょう
     じえん)
    (1155~1225)
   = 法性寺入道前
     関白太政大臣(№76)
      の六男


96.花さそふ 嵐の庭の
   雪ならで
   ふりゆくものは
   わが身なりけり

  (はなさそふ あらしのにわの
   ゆきならで
   うりゆくものは
   わがみなりけり)
       「新勅撰集」

    入道前太政大臣
   (にゅうどうさきの
    だじょうだいじん)
    (1171~1244)
    = 藤原公経


97.来ぬ人を まつほの浦の
   夕なぎに
   焼くや藻塩の
   身もこがれつつ

  (こぬひとを まつほのうらの
   ゆふなぎに
   やくやもしほの
   みもこがれつつ)
       「新勅撰集」

    権中納言定家
   (ごんちゅうなごんていか)
    (1162~1241)
   = 藤原定家
   = 藤原俊成(№83)の子
   = 「百人一首」と
     「明月記(めいげつき)」
      の作者


98.風そよぐ ならの小川の
   夕暮は
   みそぎぞ夏の
   しるしなりける

  (かぜそよぐ ならのをがはの
   ゆふぐれは
   みそぎぞなつの
   しるしなりける)
       「新勅撰集」

    従二位家隆
   (じゅにいいえたか)
    (1158~1237) 
    = 藤原光隆(みつたか)
       の子
    = 寂蓮法師(№87)
       の養子


99.人もをし 人もうらめし
   あぢきなく
   世を思ふゆゑに 物思ふ身は

  (ひともをし ひともうらめし
   あぢきなく
   よをおもふゆゑに
   ものおもふみは)
       「続後撰集」

    後鳥羽院(ごとばいん)
    (1180~1239) 
    第82代天皇
    承久の乱で
    隠岐島に流される


100. ももしきや 古き軒端の
   しのぶにも
   なほあまりある 昔なりけり

  (ももしきや ふるきのきばの
   しのぶにも
   なほあまりある
   むかしなりけり)
       「続後撰集」

    順徳院(じゅんとくいん)
    (1197~1242) 
    第84代天皇
    = 後鳥羽院(№99)の
      第三皇子。
      承久の乱で
      佐渡ケ島に流される。


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